東京高等裁判所 昭和56年(う)2075号 判決
原判決挙示の各証拠を総合すれば、本件犯行に至る直前までの経緯については、概ね次のような事実が認められる。
すなわち、被告人は、菓子の製造販売を営む有限会社「御門屋」に勤務し、肩書住居地の白鷺荘二階八号室に居住していたものであるが、かねてより、自室が三畳一間で手狭なうえ、夜間、隣接する共同便所の物音がうるさくて安眠できないことなどから、他へ転居したいと考えていた。そこで、昭和五六年六月一二日、会社の目標設定に関するミーテイングの席上、個人的目標として、七月には給料とボーナスが入るので今の部屋を出てもう少し広い部屋に移りたいと希望を述べたところ、専務から半年位今の所で辛抱して二〇万円位貯金ができてからにしてはどうかと言われ、事情もわからないのに頭ごなしに反対されたものと思い込み、内心甚だ不快に感じ、忿懣を晴らすため近所のそば屋でビールを飲んで帰宅した。翌一三日もそのことが頭から離れず、いらいらした気持を鎮めるため、帰宅途中でウイスキー(サントリーホワイト七二〇ミリリツトル)一本を買い、夕食も摂らず、ウイスキーをコーラ割りにして二、三杯飲んで就寝した。
翌一四日は日曜で会社が休みであつたため、被告人は、午前中は自室でテレビを観て過ごした後、午後一時ころからウイスキーをコーラで割つて飲み始めたが、二、三杯でコーラが無くなつたので、その後はウイスキーだけをラツパ飲みし、食事も摂らず自室に閉じ籠つていたが、午後八時ころには、ウイスキーも瓶の底に二、三センチ残るのみになつた。午後八時一五分ころ、共同便所からドンドンと壁を叩くような物音がしたのを聞きつけた被告人は、かねてから便所の物音を気にしていたこともあつて、これに苛立ち、自室のドアを開けて、便所から出てきた大槻興右エ門(当五〇年)に対し、「今トイレの中で壁を叩いたのは大槻さんですか。今トイレに入つていたのは大槻さんしか居ないでしよう。」と苦情を言つたところ、逆に同人から「俺は知らないよ。何を馬鹿なことを言つている。表へ出ろ。」と怒鳴りつけられ、その剣幕に恐れをなして自室へ逃げ帰り、ドアを閉めて内鍵をかけた。大槻は、被告人からあらぬ疑いをかけられたと憤り、被告人の居室の反対側にある被告人の同僚宇佐美正の居室に赴き、ノツクに応じてドアを開けた同人に対し、「気違いが居るから一寸来て見ろ。」と呼びかけ、再び被告人の居室前に戻り、ドアを激しく叩きながら「この野郎、出て来い。」と大声で怒号した。
以上が、本件犯行直前までの事実の経過である(なお、大槻は、被告人の居室のドアを叩いたことを否定し、宇佐美に声を掛けた後、宇佐美の居室と被告人の居室の中間にある自室のドアを開けようとした際、被告人に刃物様のもので左腹部を刺された旨供述しているが―記録四三丁の六三裏―、被告人及び宇佐美の各供述、現場に残された血痕の状況と対比すれば、この点は大槻の記憶違いと認められる。)。
争点である犯意の点を暫く措き、右に引き続く被告人の行動を客観的に遂つて見ると、次のとおりである。
自室に戻つて内鍵をかけた被告人は、大槻が外からドアを乱打し、「この野郎、出て来い。」と怒鳴り始めるや、テレビの直ぐ後に置いてあるカラーボツクスの下の方から文化庖丁(当庁昭和五六年押第七二六号の符号1)を取り出し、その柄の刃体に近い部分に部屋のカーテンの下端部を長さ四、五〇センチメートル、幅一〇センチメートル位に切り取つたもの(一〇日位前に打撲した左肘に湿布するために使用したもの)を数回巻きつけ、その上からこわれて使用不能となつていたイヤホンコードで縛つて、滑り止めとしたうえ、右手で刃を下にして順手に握り、左手でドアの内鍵を外し、ドアを開いて廊下に飛び出すや、目の前に立つていた大槻の腹部に右庖丁を力任せに突き刺した。
被告人は、直ぐ庖丁を引き抜いたが、ほどなく大槻のシヤツに鮮血が滲み出て来るのを認め、傍らに居た宇佐美に救急車を呼ぶよう依頼した。他方、大槻も、宇佐美に対し救急車と警察を呼ぶように言つてから、自力で歩いて白鷺荘の外階段を降り、約四―五〇メートル離れた同荘所有者の子息札場三喜雄の経営する小料理店「ふだば」に辿り着き、同店入口近くの小座敷に腰掛けて右札場に医者を呼んでくれと頼んだ後、力尽きてその場に俯伏せに昏倒してしまつた。
被告人は、白鷺荘二階廊下に置いてあるサイドボードの棚に前記庖丁を置き、大槻の後を追つて戸外へ出、一旦同人を見失つたが、やがて同人が「ふだば」の店先に昏倒する姿を認めて駆け寄り、やや遅れて同所に来合わせた宇佐美の協力を得て大槻を仰向けに寝かせ、札場に出してもらつたタオルで大槻の傷口を抑えるなどして同人の介抱に努めた。
午後八時二二分ころ、被告人は、一一〇番の通報により臨場した無線警ら車の宇多久典巡査部長外一名に、殺人未遂の現行犯人として逮捕されたが、その際及び目黒警察署へ向う車中で、しきりに「すみません、すみません。あの人は大丈夫ですか。」と被害者の安否を気遺う発言を繰り返していた。
以上のような事実経過の中で、原判決は、大槻が被告人の居室のドアを激しく叩きながら、「この野郎、出て来い」などと大声で怒鳴り続けた時点で、被告人は「このままでは、同人にやられてしまうのではないかと思い、酒の酔いも手伝つて、いつそのこと同人を刺し殺してしまおうと決意し」た旨、確定的殺意を生じたことを認定し、また、殺意認定の理由として、
① 被告人が本件犯行に使用した兇器は、刃体の長さ約一七センチメートルの薄刃で鋭利な文化庖丁であつて、それ自体充分人を殺害するに足りる形状、性能を有していること、
② 被告人は、右庖丁を用いて攻撃した際、自らの負傷を防止するため、あらかじめ庖丁の柄に布切れをイヤホンコードで縛りつけ、全く無防備、無警戒の被害者に至近距離から、人体の最枢要部である腹部を力一杯突き刺していること、
③ その結果、同人に第九、第一〇肋骨を切断して胃壁を貫通したうえ、膵頭側(措辞やや不充分であるが、膵臓の膵体部頭側の趣旨と解される。)及び脾静脈を切断するに至る程重大な刺創を負わせ、創深は、刃体の長さをはるかに上回つて約二〇ないし二五センチメートルにも及んでいること、また、
④ 神経質で酔うと粗暴になる被告人の性格に鑑みると、判示の動機から被害者の殺害を決意して兇行に及んだことも充分首肯し得ること、さらに、
⑤ 被告人は、捜査段階において、当初から殺意を以て被害者を突き刺したことを明確に認めており、右供述の任意性に格別の疑いはなく、かつ、他の関係証拠に照らしてその信用性も充分であることを列挙している。
原審においては、被告人及び原審弁護人は、「被告人には殺意は勿論のこと、大槻を殺す意思もなかつた」旨の主張をしており、原判決の右説示は、右主張に対する判断としてなされたものである。従つて、右説示は、殺意一般の存在の説明としては充分首肯し得る内容を含むものと言えるが、問題をさらに限定して、その殺意が、果たして原判示の如く確定的なものとして捉えられるか、将又、未必的認識に止まるものに過ぎないかという点に絞つて考察して見ると、確定的故意の充分な論拠であるとは、一概に言い難いものがある。
すなわち、右①ないし③の諸点は、確定的故意のみならず未必の故意の場合にも共通して当て篏る事項であるから、確定的故意の存在の論拠とはなし得ないし、右④の点は、他の証拠により殺意の存在が認められた場合にその合理性を裏付けるものに過ぎず、独立の論拠となすに由ないところであるから、結局のところ、論拠として残るのは右⑤の点、すなわち被告人の自白の存在のみである。
ところで、被告人は、原審公判廷においては、廓下で大槻に「表に出ろ」と言われて自室に帰り、施錠した後、再びウイスキーをラツパ飲みしたが、大槻がドアを二、三回叩いて「この野郎出て来い」と言うのを聞いてから後のことは記憶がなく、我に返つたのは大槻を刺して離れている状態のときであつた旨、大槻を刺す意思のあつたことすら否認している(四四丁の一〇ないし一二)。
そこで、被告人の殺意に関する自白としては、捜査段階における供述を措いて他にないのであるが、そのうち、確定的殺意を認めたものと見られるのは、司法警察員に対する昭和五六年六月一五日付供述調書及びこれに添付された被告人の同日付上申書中の記載のみであり、その中には、五個所に亘り、被害者を刺し殺してしまおうと思つた旨の表現が繰り返されている(四三丁の一二〇裏、同一二五裏(二個所)、同一二七、同一三〇)。
これに反し、被告人の検察官に対する供述調書(五通)では、大槻に怒鳴られ、思わず庖丁に手が行つてしまうほど頭に来たと述べながら、同人を殺そうと思つたとは一度も述べておらず、同人を刺そうと思つた趣旨の表現に終始している(四三の丁の一四六裏、同一五六裏ないし一五七、同一六五裏ないし一六六裏、同一七二ないし一七八裏、同一八〇裏等)。もとより、庖丁は自分の腰あたりに構えていたから、大槻の胴体に刺さることは分かつていたが、刺すときはどの位刺せば大槻がどうなるということは考える余裕などなく、「この野郎どうなつてもかまうもんか」という気持であり、刺し方を手加減できる心の余袷もなく、事実、手加減せずに部屋を飛び出した勢いで刺してしまつた旨付言しているのであるから、前記の「刺す」という表現は単なる傷害の故意のみに止まるものではなく、殺人の未必的故意を示すことが窺われる。
そこで、両者を対比して見ると、前掲司法警察員に対する供述調書(添付の上申書を含む。)中の記載は、大槻を「刺し殺す」との表現を多用しているが、前後の行文に照らし如何にも卒然とした感を免れず、ことここに至る心情の過程を納得させるに程遠いものであるのに対し、検察官に対する各供述調書中の記載には無理がなく、具体的かつ自然な犯行時の心情の吐露と認められるうえ、本件が、庖丁に細工するなどの準備行為はあるものの、全体として見れば一時の激情に基づく衝動的犯行と認められること、刺突行為は、大槻の生命に危険を及ぼしかねない強力なものではあつたが一回限りであり、あくまで殺害の目的を遂げようとしての執拗な攻撃とは認められないこと、被告人は出血を見て我に返つた後は真摯な救命の努力をしており、被害者の安否を気遺う発言を繰り返していること、現行犯人逮捕手続書及び宇多久典の検察官に対する供述調書の記載によつて窺われる犯行直後の被告人の発言を見ても、大槻を刺した旨の供述はあるが、殺そうとした旨の供述の存しないこと(四三丁の二、同六)等、犯行前後における被告人の言動その他の客観的状況に符号するものであるから、後者の信用性の方が高いものと認めるのが相当である。
そうだとすれば、犯行時における被告人の故意の内容は、殺人の未必的認容に止まるものと認められ、確定的故意の存在を肯認した原判決には、この点に事実の誤認があるものと言うべきである。
然しながら、もともと未必的故意と確定的故意とはひとしく故意犯における責任条件であつて、その間の構成要件的評価に径庭はなく、また、本件の具体的場合にあつては、叙上の犯行経過に照らし、両者の差異はまさに紙一重であつて、量刑に影響するほどの犯情の差を生ずるものとも思われないから、右の誤認は未だ以て原判決に影響を及ぼすものとは認められない。論旨は結局において理由なきに帰する。